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工業品輸出重視は日本の大阪化を招く

以下は「スマート・テロワール協会」の前会長松尾雅彦氏が『農業経営者』2017年8月号に寄稿したコラムです。出版元の農業技術通信社昆社長のご好意で転載させていただいております。

 

EPAやFTAによる開国と、同時に行なわれる弥縫策の保護主義で日本の農村がすたり、都市がすさぶ

 

「日欧EPA交渉が大筋で合意」と報道され、全世界の30%で関税のかからない地域が出現すると、喜色満面でテレビのアナウンサーが報じていました。
そのアナウンサーは、ついで影響を受ける業界に対してはそれなりの措置を講じるといっています。顧みれば、オレンジの自由化以来「適当な措置を講じる」というメッセージが絶えることはありません。この措置が「保護主義」で、日本の農村は保護主義の呪縛に呪われているのではありませんか?
 我が国は、資源のない工業製品の輸出で栄えようという国是「加工貿易立国論」を立てて、農産物の輸入を促進してきましたが、日本人口の1/2が居住する農村部の衰退は甚しく、人口が流入する都市部でも「課題先進国」と豪語しています。

『農村がすたり、都市がすさぶ』状況に私は「大阪化」という言葉を当ててみました。大阪は明治維新の後、官製の「文明開化」を市民が受け止め享受して大都市化したところといっていいでしょう。金融業と流通業は「堂島」のベースがありました。また、軽工業が町場に広がり、家庭電化製品の工場では、日本で最大の集積地になりました。農地は、拡大する工業製品の工場に雇用される労働者の住まいや、都市化に必要な道路などの施設に転用されていったのです。

 

 後背地に農地を持たない都市の悲哀

 

工業部門の盛りは30年といわれますが、大阪の主産業の家庭電化製品の工場がアジア各国に移っていきますと、まず、労働者の賃金カット(非正規工の蔓延)が進み、次に工場がなくなります。人々の見る世界が将来の明るい姿でなく、過去の栄光になります。

食と農が、地域の産業の中でベースにできていれば、21世紀のサスティナブル社会に大きな期待を描くことができるはずです。

 

政府が、TPPやEPAを急ぐように工業製品に肩入れした政策から脱皮できないとしたら、人口の二分の一が住まう農村部は、自給圏というバリアを築いて守ることを急がねばなりません。その政策は保護主義ではありません。自給圏地域内でも自由な競争は確保されており、域外産品があることが貢献しているからです。