以下に掲載するのは、松尾雅彦氏が日本政策金融公庫農水産業事業本部の月刊誌『AFCフォーラム』平成27年8月号の巻頭言として寄せた原稿です。

 「スマート・テロワール」の思想が簡明に表現されています。

 

『スマート・テロワール』のすすめ

 

英国人女性イザベラ・バードは明治11年外国人がまだ足を踏み入れたことのない東北地方を馬で縦断し、その時訪れた米沢地方について次のように記録しています。

「米沢平野は南に繁栄する米沢の町、北は人で賑わう赤湯温泉をひかえて、まったくのエデンの園だ。“鋤のかわりに鉛筆でかきならされた”ようで、米、綿、トウモロコシ、煙草、麻、藍、豆類、茄子、くるみ、瓜、胡瓜、柿、杏、柘榴が豊富に栽培されている。繁栄し、自信に満ち、田畑のすべてがそれを耕作する人々に属する稔り多きほほえみの地、アジアのアルカディアなのだ」。(イザベラ・バード『日本奥地紀行』)

現在の日本の農村からはバードの見た五穀豊穣の美しい農村の面影はほとんど喪われています。

戦後70年、全国の農家はこぞってコメ作りに集中してきましたが、消費者のおコメ離れで水田は過剰になり、全国に休耕田や耕作放棄地が拡がり、農村は無残なほど殺伐とした光景が常態になってしまいました。まさに「帰りなんいざ。田園まさに蕪なんとす」(陶淵明『帰去来辞』)です。

私は『スマート・テロワール』(美しき豊穣の邑)を著し荒廃した農村にむかしは当たり前であった彩り溢れる風景の回復を提唱しています。

スマート・テロワールへの道筋は休耕田を畑に変えて、小麦、大豆、トウモロコシ、ブドウ、じゃがいもなどの畑作物栽培に転換し、同時に牛や豚を放牧飼育することから始まります。

ついで畑作と畜産を中核とする農村にそれらを原料とする、味噌、醤油、納豆、パン、麺、パスタ、ハム、ソーセージ、チーズ、ワインなどの加工場や醸造所を呼び込みます。

さらにそれらの加工食品を地域内で流通させる小売業とともに、近隣の地方都市を含めた人口10万人~70万人の自給圏たるスマート・テロワールを形成してゆくのが私の構想です。

 

スマート・テロワールが全国に100ヶ所ほども構築できれば、食料自給率の大幅改善と、GDPの23%ほどの押上げが可能になるでしょう。そして何よりもバードの見た逝きし日の農村の面影が現実のものとして蘇ることが期待できると考えております。