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里山牛の戦略ストーリー

スマート・テロワール協会主催の第5回オンライン講演会にご登壇いただいたのは、鹿児島県の志布志で先端的な農業を牽引している株式会社さかうえの代表坂上隆さんだ。

坂上さんの愛読書の一つに『ストーリーとしての競争戦略』がある。一橋大学の楠建教授が著したベストセラーになった経営書だ。

楠理論のベースになっているのが神戸大学の教授であった吉原英樹氏の著した「『バカな』と『なるほど』」という名著だ。

この二つの素晴らしい著作に通底する知見を怖いもの知らずの浅知恵で敢えてまとめて見せると、次のように要約することができそうだ。

一見して「そんなバカな!」と思われるが、よくよく聞いてみると「あ!なるほど」と納得できる深い思考が秘められている経営戦略こそが競争優位を創り出す戦略思考なのだということだ。

つまり世の中や業界の常識からすれば非常識に見えても、そしてむしろ非常識に見えれば見えるほど、背後に合理的な理路が備わった打ち手を敢えて実行することで、どんなレッドオーシャンでも一瞬にしてブルーオーシャンに変えることができるということだ。

非常識に見えるからこそ誰も実行してこなかった、そして実行するはずがないから、それを敢えて実行すれば孤高の高みにたどりつけるということだ。

筆者はこれを単純化して、「バカなる戦略」と名付けている。

そして今回登壇していただいた坂上氏の経営こそまさに「バカなる戦略」の極意を究めた素晴らしいい経営戦略だと断言することを厭わない。

 

「バカなる」その1:契約栽培

坂上氏の原点は市場価格に翻弄されて手痛い失敗をした経験にあるようだ。農業法人を立ち上げた頃の話になるが、栽培した野菜を意気揚々と市場(農協)に運んだところ、豊作で大幅な値崩れがして大赤字になってしまったという経験をしたという。

この経験から「契約栽培」が坂上氏の経営モデルに組み込まれることになった。

契約栽培は市場を介さずに、需要者と直接に数量・価格・納期を契約し取引を行うモデルだ。

カルビーが馬鈴薯を農協を通さず、直に生産者と契約を結んで取引を行うモデルを実行し成功した。坂上氏はカルビーと取引することでこのカルビーモデルのメリットを理解し、農業生産者としては非常識なこの契約栽培での取引だけを採用することになった。

契約栽培のメリットは天候に左右されて大きく変動する価格が、豊凶に関わらず安定することだ。価格が安定するということは経営の見通しが極めてクリアになり、価格変動に悩まされることなく品質や収量の向上に経営資源を集中投下することが可能になるということだ。

これは生産者だけではなく需要者側にも大きなメリットを享受させることになる。需要者側でも豊凶に関わらず安定した数量を収穫することが可能になり経営が安定する、また生産者の努力による原料品質の向上や収量増の成果を生産者とともに享受することが可能になるからだ。

 

「バカなる」その2:敢えて地元で盛んな種目に挑戦

鹿児島はピーマンの生産量で第4位の産地だ。そして黒毛和牛といえば鹿児島県がこれもまた生産量で第2位の産地だ。

坂上氏は作物の選定の基準を地元鹿児島県が最も得意としている品種とした。

結果としてピーマンや馬鈴薯やケールそして黒毛和牛を選ぶことになった。

常識的には地元で誰もが手がける作物を挑戦するとなるとすでに先行する生産者が数多く存在し、頭角を表すことが困難だという理由で、品種選定から外し、誰も手をつけていない作物に挑戦することが自然だ。

坂上氏はそうは考えなかった。むしろ生産者が数多存在することで、その品種に関する深い知見が地元に蓄積されていて、その知見を活用しその上に立って、平均的な水準にいち早くキャッチアップし、それを超える努力をするだけで、一流の生産者になれると確信したに違いない。

坂上氏はケール栽培の標準化を実現している。播種、栽培、収穫の全行程の作業標準と育成評価のためのkpi設定を行い、そしてこれらをITシステムにて組みあげて誰でも標準的な品質と収量の実現を可能にした。

このシステムを実装する農家をフランチャイジーに。株式会社さかうえがこのシステムを運営するフランチャイザーと見立てれば農業版のフランチャイズシステムの展開が可能になっているということだ。

 

 

「バカなる」その3:持続可能な循環型農業への挑戦

株式会社さかうえの掲げるミッションは、「農業を介して社会と自然環境の最適化を目指し幸せ創りに貢献する」だ。

このミッションを実現する上で自然の豊かさを持続させることが求められる。当然のこととして化学肥料の減量、農薬の減量、そして有機農業さらには循環型農畜産業の展開が目標に掲げられることになる。

豊穣な大地こそ農業の基盤であり、その上に育つ作物、そしてそれを餌に育つ家畜の元気の素になるのが豊穣な大地だ。

豊穣な大地は土壌に含まれる有機物の多様性と活性、微生物の多様性と活性によって育まれる。有機物の多様性と活性は堆肥の活用と、輪作体系の組み込みが決め手となる。

今や常識化している化学肥料と農薬そして抗生物質の多用による農畜産業は持続可能とは縁遠い。そこから離脱し、農業と畜産業を有機的に結合して豊穣な大地を維持し続けることはスマート・テロワールの構想の第一の柱である「農耕連携」につながる道である。

地球温暖化対策もこれからの農業で積極的に対策しなければならない。50年までにCO2排出量ゼロを目指す目標を遅ればせながら日本も掲げることになった。農業分野での取り組みも現実的な課題になっている。

有機栽培の拡充がこの課題の解決方法の一つとして浮上してきている。土中のCO2の貯蔵能力は地表から1mまでの土壌の有機物の量によって極めて大きく左右される。したがって有機農法の普及は環境問題への対応という点からも世界的な課題となっている。

EUでは2050までに有機栽培を50%にするという目標を設定した。

日本は同じく25%にするという目標を設定している。

 

「バカなる」その4:グラスフェドの黒毛和牛

坂上氏の肥育する黒毛和牛は放牧によって肥育されている。牧草によって肥育されるグラスフェドの黒毛和牛だ。

放牧の黒毛和牛はまさにイノベーションだ。穀物に依存しない。運動量が多く筋肉質になる。というだけで黒毛和牛の常識から遠くなる。

しかしこれがとても美味なのだ。脂身が少なくしっかりとした肉本来の味を楽しむことができる。普段食べる黒毛和牛からは想像できない牧草の香りさえほんのりと体験でき、そしてこれがくせになりそうなほど魅力的なのだ。

 

「バカなる」その5:遊休農地の有効利用

坂上氏の経営モデルの「バカなる」の極め付きは遊休農地の有効活用だ。「さかうえ社」の農地の面積は160haに達する。しかもこれらはほとんどが遊休農地を借地して栽培し、また放牧地として活用している。

農家の高齢化が言われて久しい。農業就業人口は、平成232011)年には2601千人となり、65歳以上の割合が6割、75歳以上の割合が3割を占めるなど、引き続き高齢化が進んでいる。

高齢化に伴って遊休農地の増加が進んでいる。この遊休農地を有効活用することが農業、農村活性化の切り札になるはずだが際立った進行は見えてこない。

まして中間山地は遊休化が加速度的に進むはずだ。畑地までの距離が遠い、坂がきつい、面積が小さいなどなど様々な理由で農家から見放されることになりそうだ。

こうした厄介な農地に牛や豚を放牧することで有効活用すれば、農地の荒廃は免れ、牧草を食んで家畜が育ち、ふん尿は堆肥として活用される。そして何よりも里山の景観が大変貌する。かくて一石二鳥どころか三鳥、四鳥の効果が期待できるのだ。

 

以上坂上氏の「バカなる」経営の肝を見てきた。

楠教授に倣って坂上氏の戦略ストーリーを作成して見た。下記に掲載するのでご参照ください。

これからの坂上氏の構想は「志布志アグリバレイ」構築だ。坂上氏の構想は日々拡充され、しかもアジャイルに実現の道を進んでいる。

志布志にスマート・テロワールのモデルが完成する日はそう遠くはない。

 

里山牛のお求めは下記のurlから

https://grassfedbeef.jp/content.html#sec4